がん治療の新たな可能性を切り拓く。フェロトーシス創薬に挑むFerroptoCure
株式会社FerroptoCure 大槻 雄士
「公益財団法人神奈川産業振興センター(KIP)」や神奈川県などにより構成される「かながわビジネスオーディション実行委員会」が主催する「かながわビジネスオーディション2026」では、先進性・社会性・成長性に優れたビジネスプランが多数表彰されました。最優秀賞・優秀賞・特別賞および各団体賞の受賞内容が発表される中で、株式会社FerroptoCureは「神奈川県知事賞(最優秀賞)」を受賞しています。
がん治療の分野では、既存の治療法では十分な効果が得られないケースが依然として多く存在しています。特に、薬剤耐性を持つがんや再発リスクの高いがんに対しては、新たなアプローチが求められています。
FerroptoCureは、「フェロトーシス」という新しい細胞死のメカニズムに着目し、これまで治療が難しかったがんに対する新たな創薬に挑んでいるスタートアップです。従来の治療とは異なる作用機序を活用することで、治療の選択肢を広げることを目指しています。
本インタビューでは、FerroptoCureの大槻雄士代表取締役CEOがフェロトーシス創薬に取り組む背景、技術の特徴、開発の進捗、支援制度の活用、そして今後の展望について伺いました。
FerroptoCureはどのような課題に向き合っているのでしょうか?
私たちは、既存の抗がん剤では対応が難しいがん、特に薬剤抵抗性によって治療が効かなくなるがんの課題に向き合っています。
現在、抗がん剤治療は大きく発展していますが、一方で世界では年間900万人以上の患者さんが、薬が効かなくなることによって亡くなっています。特に、私たちが最初に対象としているトリプルネガティブ乳がんは予後が非常に悪く、その原因として薬剤抵抗性があることが分かっています。
またこれは患者さんだけの問題ではありません。治療が効かないことで、家族や周囲のケアを担う方々にも大きな負担がかかります。患者さんが働けなくなるだけでなく、ケアをする方も仕事に影響が出るため、社会的・経済的な損失にもつながる大きな課題です。
私自身、医師として多くのがん患者さんに向き合ってきましたが、治療で一度良くなっても再発し、最終的に救えないケースを数多く経験してきました。この臨床現場の課題を解決したいという思いが、現在の事業の出発点になっています。
フェロトーシス創薬とはどのようなものなのでしょうか?
フェロトーシスは、従来の細胞死とは異なるメカニズムで細胞を死に至らせる仕組みです。
私たちは、がん細胞を守っている「抗酸化システム」というメカニズムに着目しました。この仕組みは細胞が生きるために必須である一方で、薬が効かなくなる原因にもなっています。
特にトリプルネガティブ乳がん*では、このシステムに関係する遺伝子の発現が高い患者さんほど予後が悪いことが分かっています。
私たちはこのメカニズムの解明に成功し、その中で「xCT」と「ALDH」という2つの分子が重要な役割を果たしていることを発見しました。そして、この2つを同時に標的にすることで、がんを守る仕組みそのものを破壊し、がん細胞を死滅させる薬剤の開発に成功しました。
*トリプルネガティブ乳がん:「エストロゲン受容体」「プロゲステロン受容体」「HER2受容体」の3つの重要な分子がすべて陰性(=反応がない)である乳がん
創薬の実用化に向けた取り組みについて教えてください
私たちの薬剤は、経口投与、つまり口から飲める抗がん剤であることも特徴です。すでに特許は取得しており、日本で成立し、現在は各国で審査が進んでいます。
非臨床試験では、薬が効きにくい難治性の乳がんにおいて腫瘍を85%縮小する結果が得られており、既存治療と比較しても高い効果を示しています。また、乳がんだけでなく、さまざまながんに対して同様の効果が確認されており、幅広い適用が期待されています。
現在は患者さんに実際に投与する臨床試験も進めており、安全性および有効性に関する有望なデータが得られています。さらに、オーストラリアを皮切りに、米国を含む海外での治験も準備しています。
創薬には多額の資金と時間が必要ですが、私たちは設立から約1年で臨床試験に進み、コスト効率よく開発を進めてきました。現在は約19億円を調達し、海外の研究機関とも連携しながら、グローバルに開発を進めています。
また、このフェロトーシスという新しいメカニズムの創薬において、人での臨床試験を実施しているのは現時点で私たちのみであり、進捗の面でも世界をリードしていると考えています。
支援制度はどのように活用しましたか?
私たちは大学発スタートアップとして立ち上がりましたが、当初は資金調達やビジネスの作り方といったノウハウがまったくありませんでした。大学で研究していても社会実装にはつながらないという課題があり、会社を立ち上げたものの、どう事業として進めていくかが大きな壁でした。
その中で最初に関わらせていただいたのが、川崎市の「Kawasaki-NEDO Innovation Center(K-NIC)」のアクセラレーションプログラム(K-NIC Startup Hands on Program)です。このプログラムに採択いただき、ハンズオン支援を受けました。ここで、事業計画の作り方や、研究をどのように事業化していくのかといった基本的な部分を学びました。
その後、「Kawasaki Deep Tech Accelerator」にも採択され、より具体的に、創薬の事業化や薬事承認に向けた戦略を磨いていきました。創薬やバイオ系の企業が多い環境の中で、実務的な知見を得ることができました。
また、現在は川崎・殿町の研究開発拠点「ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)」に入居しています。創薬研究では細胞実験や動物実験が可能な環境が必要ですが、こうした条件を満たす施設は限られており、この拠点は非常に重要な役割を果たしています。
さらに、この施設にはスタートアップだけでなく、大企業、VC、アクセラレーターなどが集まっており、大学内では得られないビジネスネットワークを広げることができました。海外のシェアラボとの連携により、グローバルなネットワークにアクセスできる点も大きな価値です。
今後どのような社会を実現したいと考えていますか?
私たちは、このフェロトーシスという新しいメカニズムの抗がん剤を、世界中の患者さんに届けることを目指しています。
まずは難治性の乳がんからスタートしますが、将来的にはさまざまながんに適用を広げ、最終的には全がん種を対象とすることで、グローバルで70兆円以上の市場にアクセスできると考えています。
また、製薬企業との連携によるライセンスモデルを通じて、早期に市場投入を実現し、1秒でも早く患者さんに薬を届けることを重視しています。
「がんで苦しまない世界をつくる」——これが私たちのビジョンです。
起業を目指す方にメッセージをお願いします
私たち自身も、もともとは研究者・医師のチームで、ビジネスの知識がほとんどない状態からスタートしました。そのため、最初からすべてを自分たちでできる必要はないと感じています。
特にディープテック領域での起業は、資金調達や事業設計、規制対応など多くの課題があります。その中で重要なのは、支援制度やアクセラレーションプログラムを活用しながら進めていくことです。
最初から完璧である必要はなく、支援やネットワークを活用しながら一歩ずつ進めていくことが、最終的に社会に大きな価値を届けることにつながると考えています。
企業情報
株式会社FerroptoCure
【事業内容】
フェロトーシスを標的とした創薬開発
【企業サイト】
https://ferroptocure.com/