日本酒は、届け方で価値が変わる。Agnaviが描く成長戦略
株式会社Agnavi 玄 成秀
日本酒業界は今、大きな構造転換を迫られています。国内消費量の減少、飲酒スタイルの変化、そして酒蔵を取り巻く流通・販売の複雑さ。品質の高い日本酒があっても、それが適切に市場へ届かないという課題は、長年解消されないまま残ってきました。特に中小規模の酒蔵にとっては、販路開拓や少量多品種への対応、安定した出荷体制の構築が大きな壁となっています。
こうした課題に対し、「酒蔵がつくることに集中できる構造をつくる」ことを軸に事業を展開しているのが、株式会社Agnaviです。主力事業である「ICHI-GO-CAN」は、単なる商品ブランドではなく、日本酒の充填・流通・販売を再設計するための仕組みとして構想されてきました。
コロナ禍を起点に立ち上がったこの事業は、神奈川県の支援制度やスタートアップコミュニティを戦略的に活用しながら、実証と改善を重ねてきました。なぜ今、この構造に挑むのか。その背景と現在地、そして成長戦略について話を聞きました。
まず、Agnaviの事業について教えてください
Agnaviは、食と農を軸に事業を展開していますが、現在の中心は日本酒事業です。中でも重視しているのは、商品そのものというよりも、日本酒が市場に届くまでの「構造」です。
酒蔵は本来、酒をつくることに一番の価値があります。一方で、流通、販路開拓、少量多品種対応、在庫管理などは大きな負担になっている。そこをまとめて引き受けることで、酒蔵の価値を最大化できるのではないかと考えています。
創業の背景には、どのような原体験があったのでしょうか
大きなきっかけは、2020年のコロナ禍です。飲食店向けの需要が止まり、多くの酒蔵が在庫を抱える状況になりました。その中で立ち上げたのが、全国56蔵を支援したクラウドファンディング「日本酒プロジェクト2020」です。
このプロジェクトを通じて強く感じたのは、日本酒の価値以前に「売り方・届け方」が限界を迎えているという現実でした。支援者からも「いろいろな酒蔵を応援したいが、四合瓶を何本も買うのは難しい」という声が多く寄せられ、少量・多品種へのニーズがはっきりと見えてきました。
サービス立ち上げの経緯について教えてください。
大きな契機としては「一合を缶で届ける」という形式で日本酒を扱うことで、流通と販売の設計が一気に整理できると気づいたことです。
一合単位で充填し、在庫を持ちやすくし、流通させやすくする。その結果、小ロットの商品でも商流に乗せられるようになる。ここに大きな可能性を感じました。
酒蔵側も「変わらなければいけない」という思いを持っているところが多く、一蔵ずつ会って話をする中で、少しずつ理解と賛同が広がっていきました。
どのように神奈川県の支援制度を活用しましたか
神奈川県の支援制度は、事業を次の段階に進めるための検証フェーズで活用しました。
「かながわ・スタートアップ・アクセラレーションプログラム(KSAP)」については、工場を本格的に整備する一歩手前のPOCフェーズにおいて、事業構想や実装に向けた検討を進める場として位置づけていました。
制度の価値として感じていたのは、「何かを一気に変える」ことではなく、事業の前進を支える実務的なサポートです。必要なタイミングで壁打ちができ、検討すべき論点を整理しながら伴走してもらえる点は、非常に実用的でした。
特に印象に残っているのは、かゆいところに手が届く支援であったことです。
過度な干渉はなく、自分たちの判断や戦略を尊重した上で、次に進むための選択肢を広げてくれる。その距離感が、当時のフェーズに適していました。
結果として、KSAPは事業の方向性を見極めながら、着実に次のアクションへと進むための土台づくりに寄与したと捉えています。
BAKの実証実験では、どのようなことを行ってきましたか
「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」を通じて、京王電鉄や鈴廣かまぼこなどと共創し、流通や販売の実証を行ってきました。
京王電鉄との取り組みでは、京王電鉄の車両デザインを採用した日本酒商品を企画し、京王ストアやキッチンコートなどの実店舗(計27店舗)と自社ECの双方で販売しました。共創パートナーと連携しながら、既存の小売流通の中で日本酒をどのように展開できるかを試した取り組みです。
鈴廣かまぼことの取り組みでは、小田原の名産品である鈴廣かまぼこと神奈川県の地酒を組み合わせた「ちょい飲みセット」を企画し、小田原駅前店で販売実証を開始しました。この実証は、かまぼこを起点にした観光による新たな地域価値の創出を検証することを目的に進めてきました。
このように、BAKでの実証は単発のコラボに留まらず、流通・販売の形を企業や地域の文脈と組み合わせながら、実際に市場に置いて検証するプロセスとして位置づけています。
SHINみなとみらいには、どのような価値を感じていますか?
ベンチャー企業の成長促進拠点「SHINみなとみらい」の価値は「関係性が自然に生まれる設計になっている点」にあると感じています。
単にスタートアップが集まっているだけではなく、同じフェーズ、あるいは少し先を行く事業者と日常的に話ができる。その中で、同じ課題を先に通ってきた人の経験を聞けることは、大きな意味がありました。
うまくいっている話だけでなく、資金や人の話も含めて、現実的な話がきちんと共有される。その空気感があったからこそ、事業を前に進めるための視点が得られたと思っています。
スタートアップは、突き詰めると「お金」と「人」の問題に行き着きます。
「SHINみなとみらい」では、そうした話題を避けずに、事前に察知できる環境がありました。実際に経験した人の話を聞くことで、「この先、どんな判断が必要になりそうか」を早い段階で考えることができたのは、大きな価値だったと感じています。
また、「SHINみなとみらい」は県外の企業や国の制度、大企業との接点へと自然につながっていきます。その意味で、事業を進める上でおすすめできる場所だと捉えています。
現在の成長戦略について教えてください
今はECよりも卸を重視しています。国内の主要な食品商社とはすでに取引があり、競争環境をつくりながらトップライン(売上高)を伸ばすフェーズです。
まずはしっかりと売上規模を大きくする。その上で、次の選択肢を考える。今はとにかく、事業として成立させることを最優先にしています。
制度活用を考える起業家へのアドバイスがあればお願いします
支援制度は、何かを一気に変えてくれるものというより、自分たちが前に進むための選択肢を広げてくれる存在だと捉えています。
制度に依存するのではなく、自分たちの意思や戦略を軸にしながら、必要な場面で道具として使っていく。その距離感が、結果的に事業を着実に進めることにつながると感じています。
今どのフェーズにいるのかが分かっていれば、制度はとても使いやすい。逆に、それが曖昧なままだと、あまり意味を持たないかもしれません。
制度はゴールではなく、あくまでプロセスの一部です。
自分たちの事業をどう前に進めたいのかを起点に考えることで、制度は無理なく、実用的な支えになってくれると思います。
今後の展望を教えてください
日本酒に限らず、日本の食文化全体を、持続可能な形で次につないでいきたいと考えています。そのための土台として、充填・流通・販売のインフラを整える会社でありたい。
起業家フェーズは終わり、今は経営者フェーズに入っています。これからは、どう事業を伸ばし、どう組織をつくるか。その問いに向き合っていきたいと思っています。
「かながわ・スタートアップ/アクセラレーション・プログラム(KSAP)」は、社会課題の解決に取り組むスタートアップを伴走支援するプログラムです。
年間を通じて、起業初期を対象としたプログラム「KSAPシード編」と、さらなる事業成長を目指す企業を対象としたプログラム「KSAPアーリー編」の2つを実施します。
「BAK」は、県内に拠点を持つ大企業等とベンチャー企業の連携によるオープンイノベーションの創出を目的とした取組です。企業、研究機関、支援機関などが参画する協議会「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」として、新たな連携プロジェクトの創出やコミュニティ形成を通じた共創の取組を推進しています。
神奈川県では、WeWorkオーシャンゲートみなとみらいにおいてベンチャー企業の成長促進拠点「SHINみなとみらい」を運営し、ベンチャー企業に対して、行政や大企業等との交流・連携機会の提供をはじめ、様々な成長支援を行っています。
企業情報
株式会社Agnavi
【事業内容】
日本酒一合缶の製造・販売(国内・海外)
【企業サイト】
https://agnavi.co.jp/