GLiS成長支援プログラム採択のOtoCheckが取り組む、子どもの中耳炎を見逃さないための仕組みづくりとは
株式会社OtoCheck 井上正範
中耳炎は、子どもがかかりやすい疾患のひとつです。なかでも滲出性中耳炎は痛みを伴わないため、子ども自身が違和感を訴えにくく、発見が遅れやすいという課題があります。放置すれば難聴につながり、聞こえにくさが言葉の発達に影響することもあります。
株式会社OtoCheckは、カメラ付き耳かきで撮影した鼓膜画像をAIで解析し、中耳炎の可能性を示すサービスを開発しています。2025年度に、神奈川県・相模原市が進める広域スタートアップ支援ネットワーク「GLiS(Greater Linear Startup Network)」の成長支援プログラムに採択され、2026年5月下旬から県内の保育施設で実証を進めています。
医師である代表の渡邊さんと共に創業し、聖マリアンナ医科大学で技術移転・知財の領域を歩んできた創業メンバーであり取締役COOを務める井上正範さんに、事業の成り立ちと現在地や実証実験での手応え、そして支援制度との向き合い方を伺いました。
事業内容や取り組みについて教えてください
弊社OtoCheckは、カメラ付き耳かきで撮影した鼓膜画像をAIで解析し、中耳炎の可能性を示すサービスを開発しています。
開発の発端は、医療用のカメラの価格帯などによる導入障壁の高さでした。医療用のカメラには数百万円もする高額なものもあります。
私たちが開発するサービスが目指すのは、より安価な価格帯で、より使いやすいこと。使用するデバイスもポケットに入るサイズです。代表の渡邊には「気軽にさっと撮れるような医療用のカメラと使いやすいサービスがあれば、今の医療の体制がきっと変わるはず」という思いがありました。
そのうえで、最初にどのような疾患で挑戦すべきかを検討し「中耳炎」を選びました。
カメラ付きの耳かきは種類も豊富で、様々なデバイスが世の中にあります。代表の渡邊がこの構想を立てたときに、いろいろなメーカーのものを買って試したんです。そのなかで、あるメーカーのデバイスに注目しました。試してみると高価な医療用カメラと同程度の画像が撮れることがわかり、価格帯も1万円を切るくらいでした。これならより多くの方も手が出せるよね、というところからサービスの開発がスタートしました。
私たちが開発するのは、サービスのコアとなるAIの部分です。
AIを用いて、鼓膜画像から中耳炎の可能性を示すシステムをつくっています。
なぜ中耳炎を最初のテーマに選んだのですか?
急性の中耳炎は、熱が出ますし痛みもあるので、比較的見つけやすいです。問題は、痛みを伴わないタイプです。こちらは見逃されているケースがやはりあって、専門ではない先生が診ている場合もあるので、致し方ない部分もあります。
それから、これは難聴だけの話ではないんです。聞こえが悪いと、言葉が出にくくなるんですね。実は発達が遅れているのではなく、ただ中耳炎だった、というケースもあります。早期に気づいてあげることは、子どもの発達にとっても非常に重要です。
一方で、こうした認知はまだ広がっていません。
実証実験の取り組みのなかで、保育現場の皆さんにアンケートを取ってみると、中耳炎から難聴になるということを知らない方が多数いらっしゃいました。保育士さんの立場としても、基本的な診断は医療機関に委ねる、という前提があります。そのため、当初は保育園での実証についてご理解いただくこともなかなか難しかったです。
また、保育の専門課程について伺ったところ、中耳炎にフォーカスした授業はあまりない、ということもわかりました。もしかすると、耳に対するリテラシーが思ったよりも広がっていないのではないか、と。だからこそ、まずは普及啓発が必要だと思っています。中耳炎の前兆に早く気づける方法があること、そして耳のことを知ることの重要さが少しでも広まっていけばいいなと思っています。
創業の経緯について教えてください
OtoCheckは、医師である代表、IT企業、そして技術移転に携わってきた私の、3者による共同出資で設立した会社です。
私はもともと、聖マリアンナ医科大学の技術移転、つまり先生方の研究成果の事業化をサポートする会社の代表をしていました。弊社代表の渡邊は医師として聖マリアンナ医科大学で特許を出願したり、研究の事業化に取り組んだりしていたので、その頃からのご縁です。その後、渡邊は病院を継いだ後も研究開発を続けていたので、いろいろな案件をご一緒してきました。
構想が動き出したのは2022年頃です。代表の渡邊のもとで100例近い症例を蓄積することができました。その症例を元にAIによる画像解析を実施したところ、しっかりと精度が出ることがわかりました。先述のデバイスの輸入も問題なくできることを確認し、いよいよ会社を立ち上げた、というのが創業の経緯です。
また、サービスを継続的にブラッシュアップしていくためには、IT領域の知見や開発力が欠かせないと考え、現在はIT企業の株式会社フォーカスシステムズさんに事業に参画いただいています。自社で一からエンジニアを採用するとなると、人材の確保が難しいうえ、初期フェーズでは資金面での負荷も大きくなります。そこで、以前から接点があったフォーカスシステムズさんに声をかけました。
フォーカスシステムズさんは画像解析を手がけており、ちょうど医療分野への新規参入も検討していたタイミングということもあり、弊社の事業に興味を持っていただきました。出資についてもお話をいただいたことから、単なる外注先としてではなく、事業のなかに入って一緒にサービスをつくっていくかたちのほうが、開発や改善のスピードを高められると考えました。
現在は実際に人材面でもご協力いただきながら、サービスのブラッシュアップを進めています。フォーカスシステムズさんにとっても、本事業は新規事業のひとつという位置づけになっています。
海外メーカーとの連携は、どのように進めたのですか?
使用するデバイスが海外メーカー製ということもあり、海外から仕入れるにあたって、行政にもご助力いただいています。
構想の初期段階で、川崎市に相談をさせていただきました。川崎市は海外とのつながりが豊富で専門的な支援があります。公益財団法人 川崎市産業振興財団様と、現地側の財団様、そしてメーカー様をつないでいただき、最初の打ち合わせをしました。
デバイスの輸入は可能なのか、日本への進出についてなど、いくつかの課題についても確認しました。実はメーカー様もちょうど日本進出に取り組んでいて、既に一部の大手家電量販店には置かれていたのですが、医療機関にはまだ展開できていなかったということもわかり、そこから前向きなお話へとつながっていきました。
当初は直接コンタクトすることも考えましたが、やはりハードルが高いと感じました。海外企業と組むときは専門的な支援機関などに間に入ってもらったほうが安心感があります。川崎市は行政同士でもつながっているところもあり、今回スムーズにご紹介を受けることができました。ここは非常に大きかったです。また、川崎市産業振興財団様に現地の言葉を話せる方がいらして、通訳として入っていただいたことも大変助かりました。
川崎市産業振興財団様への相談のきっかけとしては、日頃からの関係性もあったと思います。実は私も代表の渡邊も、川崎が長いんです。別の案件でも川崎市の補助金をいただいたりしていましたし、当時の財団理事長ともお話をしていました。創業前から様々な関係性があったということも大きかったと思います。
「GLiS」の支援プログラムに参加した経緯について教えてください
「GLiS」のご支援について、ご紹介をいただいたタイミングも良かったと思います。
ちょうど弊社のプロダクトができて、どこかで実証の取り組みをやっていこうと思っていた時期に「GLiS」の支援プログラムについてのお話をいただきました。
ご縁とタイミングが合ったというのは大きいと思います。
プログラムとしては、座学が5回ほどあり実証先のマッチング支援もありました。私たちは保育施設向けの実証をしたかったので、保育園を紹介してほしいとお願いしました。その他にも、神奈川県がイベントを開催した際にブースを設置させていただき、会場でアナウンスをしたりもしていました。
弊社だけで保育園にあたるのは、なかなか難しいものです。保育園側もお忙しいですし、現場のご負担については、こちらもかなり気にしています。経験として医療機関への導入でも間に入ることがあるので、現場の方の温度感と、間に立つ方の温度感が違うということはよく理解しているつもりです。だからこそ、「GLiS」の支援プログラムを通じて保育園を紹介していただけたことは大きかったです。
現在は3つの保育園で実証の取り組みが動いています。近く「GLiS」の会員企業様が運営する園も加わる予定です。
保育園での実証の取り組みについて教えてください
今回の保育園での実証で見ているのは、精度ではありません。精度については既に良好な結果が出ていますが、精度向上のためのデータは倫理委員会を通したうえで、代表の渡邊が運営する病院のほうで臨床研究として集めていただいています。
では何を見ているかというと、本当に現場でユーザーさんが使いやすいのか、使ってくれるのか、というところです。大切にしたい指標としては、どれくらいの親御さんが欲しい、使いたいと思ってくださるかです。
当初、園内での運用として保育士さんに実際にやっていただけるかも聞いてみたのですが、そこは資格の面でもなかなか難しいという話でした。資格のある看護師さんがいる保育園も割と多いのですが、耳に入れるという行為への課題感もあり、看護師さんとしてもやりづらい。そこで今回は、保育園でお迎えのときに親御さんご自身でやっていただくか、ご自宅に持ち帰って落ち着いた環境でやっていただくか、そのどちらかになっています。
実証に参加してくださっている複数の保育園でも微妙にやり方が違っていて、園で貸し出す仕組みをお持ちのところもあれば、親御さんから個別にお問い合わせいただいてご家庭に直接デバイスをお送りするかたちもあります。お子さんが起きていると嫌がることもあるので、寝ている時間に自宅でというほうがやりやすいようです。期間は一旦6か月間で見ていますが、園児の皆さんも常に入れ替わりますので、年単位で置いておいていただいても構いませんとお伝えしています。
親御さんにとっては、普段から慣れておくことも必要かと思っています。最初は携帯の画面を見ながら耳かきをすることに慣れていないので、その感覚に慣れるまでは大変だと思います。ただ、一度慣れてしまえば、そちらのほうがやりやすいという声もあります。お子さんにやる前に、まず親御さんがご自身の耳で試して、どういう感覚なのかをつかんでからのほうが安心できると思います。
今後の展開について教えてください
将来的に展開したいサービスについては、医療機関で使用してもらうために薬機法などの対応が必須と考えています。今後、薬事承認等をクリアするまでには2〜3年程度かかります。そのため現段階ではフェーズを分け、あくまで便利アプリのようなかたちの無料サービスとして展開しています。今は私たちの取り組みについての認知度を高めながら、皆さんにお試しいただくフェーズだと考えています。
研究開発のほうは、精度を高めながら、薬事承認をどう取るか、というところに力点があります。臨床研究に加えて、社内の体制もつくらなければなりません。製造販売業許可を自分たちで取得するつもりなので、人も、書類も、環境も全部揃えないと申請ができません。この分野はまだプレイヤーが少ないので、自分たちで取得していこうと考えています。
承認後にメインで考えているのは、非専門医の領域です。小児科や内科の先生ですね。地方はそもそも耳鼻科が少ないので、地方の小児科や内科の先生に使っていただけるのが一番いいなと思っています。保険点数については、新しく取るというよりは、中耳炎を診るときの既存の点数のなかで使っていただけるような体制を考えています。
将来的に目指す姿について教えてください
国内の展開として、まず薬事承認を取って医療機関で使っていただく予定です。その後にご家庭でも安全に使えるように持っていきたいと考えています。最終的なゴールとしては、ご家庭で使って、オンライン診療による電子処方箋が発行されて近くの薬局でお薬をもらえるようにすることです。中耳炎は基本的に、早期に診断して薬を飲めば治りますので、そういう世界観に持っていきたいなと思っています。
一方で国外・アジア地域などでは既にデジタルヘルスの取り組みが進んでいる環境もあります。そうした地域では、先行してご家庭で使えるかたちを展開できないかと考えています。
また、現在取り組んでいる中耳炎の先についても考えています。こうした小型のデバイスを使って、中耳炎を皮切りに、もう少しいろいろな領域に展開していけたらいいなというのが、一歩先の将来像としてあります。大きな流れとしては、AIの進化は速いので、医療のやり方も変わってくると思っています。そのなかのひとつを進めているというイメージです。
最後に、これから起業する方へのメッセージをお願いします!
私は実はOtoCheckを創業する前に、大学発スタートアップの創業から売却までを経験しています。そうした経験を活かして、支援者とアントレプレナーの間のような立ち位置で、両方をやっています。
基本的にスタートアップは大変でうまくいかないことのほうが多いと思っていますが、起業家はそこで足を止めずに、進んでみることが非常に大切かなと思います。
神奈川県は支援体制がすごくしっかりしており、動けば協力してくれる方、相談できる方が非常に多いので、それを活用するといいのかなと思っています。
ビジネスの成功には、やはりタイミングとご縁が非常に重要だと思っています。道のりはひとつではないので、諦めずに動き続けて、自分らしい成功の道を見つけてほしいなと思っています。
企業情報
株式会社OtoCheck
【事業内容】
AI技術を用いた医療機器の開発、販売
【企業サイト】
https://otocheck-s.com/